居場所を育む、暮らしのリズム

(2018年4月新三河タイムズさんへの寄稿文です)
カナヘビがたーっと走り、蛙の声が聞こえ始めた春。山里の朝晩の冷えもゆるみ、心地よい空気を体いっぱいに吸い込む。季節の移り変わりとともに、心も体も変化していく。
この4月は自分自身にとって4つの大きな節目でもある。大学時代に起業して今に至る株式会社M-easyが満15歳、旭に移住してから産まれた長男が満7歳、旭・小原で継業した新聞店が満3歳、そして新しい拠点としてつくラッセルがスタートした。ゆらぎながらも毎年同じように廻る季節のように、暮らしも、仕事も、年を重ねながら、ひととひととのかかわりが重なり合いながら、変化しながら連なっていく。
大きな節目であると同時に通り過ぎるひとときに、生きていくために大切な「居場所」というテーマについて考えてみたい。「居場所」とはなんだろうか。その響きには心地よさと大丈夫という気持ちがわきあがってくる。また、喪失することの不安も同時にある。意識するしないによって、ありがたさがわかる空気のような存在かもしれない。
一方で空気と違い、「誰でも」居心地のよい居場所というのは存在しない。例えば、子どもからお年寄りまで「誰でも」が居心地のよい居場所。とても素敵だと思う。もちろんその通りなんだけれども、「誰でも」と一般的に表現してしまうと、私とあの人、この人とその人、それぞれがそれぞれの関係性と、信頼関係を育むための、でこぼこした時間も省略されてしまっているような気がする。家族でも、地域でも、学校でもつい「誰でも」ということにとらわれて反対に誰のためのものでもない空間になる危険性をはらむ。
場所が「居場所」となるためには、かかわる人が、お互いに慮り、ときには不穏になったり、仲直りしたり、譲り合ったり、主張しあったり、お互いを理解するためにゆっくりとした、ときにモヤモヤするような時間が必要である。
そのうえで、「みんな」が居心地のよい「居場所」をこれからつくっていきたい。そういう空間と時間のなかに自分自身が身をおきたい。みんながいっしょにいることで、重なり合うことで、自然と物事が解決していく、「居場所」にはそんな力があるように思う。
家庭がそんな居場所になればいい、地域がそんな居場所になればいい、気の置けない仲間の存在がそんな居場所になればいい、そんな居場所がいくつもあって、暮らしも、仕事も多様に広がっていれば、もっとやさしくなれる時間が増える。
新しく旧築羽小学校をリノベーションしてはじめた「つくラッセル」では、つどう・はたらく・つくる拠点として、目の前にあるヒト、モノ、コトに焦点を当てて、観察して、かかわり合いと変化することを楽しんでいく自然体のリズムで、みんなの居場所づくりに取り組んでいきたいと思う。筋道だった計画より、暮らすようにしなやかに見繕って。
2018年4月 戸田友介

常に心を新たにしなやかに。時間がたってもかえってくるところを忘れずに。大切な日々を過ごしていきたいですね。
2018年8月15日 戸田友介

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